なぜ「女性向けのマーケティング」が必要なのか?
情報があふれる現代、消費者は以前にも増して賢く、そして感性豊かに商品やサービスを選ぶようになっています。
女性は日用品だけでなく、高額商品やサービスの意思決定にも深く関与し、その消費行動は周囲にも波及する力を持っています。企業にとって「女性に選ばれる」ことは、ブランド価値を広げ、売上にも直結する重要な要素です。
この章では、女性マーケティングの重要性について、統計データと消費行動の変化をもとに紐解きます。
女性の消費影響力
内閣府「男女共同参画白書(2022年)」によると、家庭内の消費支出の約80%に女性が関与しているとされています。食品や日用品といった日常消費はもちろん、家電や住宅、保険、金融商品といった高額領域でも、女性の意見は意思決定に大きな影響を及ぼします。
また、博報堂生活総合研究所の推計では、日本の女性市場の規模は年間約20兆円以上に達するとされ、これは日本の消費支出全体の約4割に相当します。とくにBtoC市場では、女性をメインターゲットとする商品やサービスが数多く存在し、企業にとって“女性をどう捉えるか”は事業戦略の根幹に関わるテーマとなっています。
さらに、共働き世帯の増加により、可処分所得を持つ女性が増えたことも見逃せません。美容やファッションに加えて、投資・保険・不動産など、従来男性中心とされてきた市場でも女性の購買力が高まっています。
女性市場の特徴
女性市場の最大の特徴は、「共感」と「つながり」を起点とした情報の拡散力にあります。特に20〜40代の女性は、商品やサービスの体験をレビューやSNSで積極的に共有する傾向があり、口コミを通じて情報が爆発的に広がる可能性を秘めています。
この傾向は、企業にとって大きなチャンスである一方、リスクにもなり得ます。ポジティブな体験は購買の輪を広げる一方で、不満足な体験は短時間で炎上や離反につながるため、商品品質や対応体制の丁寧さが一層求められます。
また、ブランドロイヤルティの高さも女性消費者の特徴です。一度信頼を得たブランドに対しては長期間にわたって愛用する傾向があり、LTV(顧客生涯価値)を高める上で重要な存在です。
情報取得チャネルの変化
女性の情報収集スタイルはここ数年で大きく変化しています。従来の検索エンジン中心の購買行動から、SNSや動画メディアを起点とする購買行動へと移行しています。
MMD研究所の調査(2023年)によると、Z世代女性の約70%がSNSで商品を知り、購入検討に至った経験があると回答しています。Instagram、TikTok、YouTubeなど、ビジュアルとストーリー性を重視したプラットフォームでの情報接触が主流になっていることがわかります。
また、インフルエンサーマーケティングの効果も顕著です。信頼する発信者が紹介する商品は、広告よりも説得力を持ち、購入の後押しになります。特に重視されているのは「リアルな使用体験」や「ライフスタイルへのなじみ方」であり、表面的な紹介ではなく生活者目線の共感コンテンツが求められています。
さらに、UGC(ユーザー生成コンテンツ)の信頼度も高まっています。一般ユーザーが投稿する体験談や使用感は、企業の発信以上に「信頼できる」と受け取られ、最終的な購買決定に大きな影響を与えています。
女性消費者の購買行動・心理とは?
女性の購買行動は、単なる機能比較や価格判断にとどまりません。感情的な共感やブランド価値観との一致など、「自分らしさ」や「共感」を軸に意思決定が行われる傾向が強いのが特徴です。
ここでは、女性の消費行動に見られる心理的・行動的な特徴を解説します。
行動特性
SNSやレビューは、女性消費者の購買プロセスに欠かせない要素です。
アルティウスリンクの調査(2025年)によると、SNSでの評価を確認してから購入する人は全体で6割以上、若年層では8割超に達しています。これは、レビューや口コミが購買行動の大きな判断材料となっていることを示しています。
さらに、MMD研究所の「スマートフォン利用者実態調査」では、Instagram経由で商品を購入した経験がある人は、女性20代で58.8%、30代で52.2%、10代でも50.0%に上ることが明らかになっています。SNSの投稿は購買の“きっかけ”として強い影響を持っているのです。
また、調査では男女差も示されており、女性はインフルエンサーや一般ユーザーの投稿を参考にする一方で、男性は公式アカウントを参照する傾向があることも報告されています。これは、女性が「実体験に基づいた共感できる情報」を重視する消費者層であることを裏付けています。
心理的傾向
女性の購買行動には、「共感できるか」「自分らしさを反映できるか」が大きく関係しています。
共感性の重視
商品機能だけでなく、その背景にあるブランドの価値観や世界観に共感できるかが判断基準になります。
自己投影欲求
「この商品を使っている自分」を想像し、それが理想の自分像と重なるかどうかを無意識に評価する傾向があります。
ストーリーへの反応
機能説明だけでなく、「開発者の想い」「他の人の体験談」など、物語性を持った情報に強く惹かれます。
コミュニティ志向
商品を通じた他者とのつながりや、共通の価値観を持つ人々との所属感(ブランドコミュニティ)も、ロイヤルティ形成に影響します。
購買の決め手
女性は、機能的価値(性能・コスパ)と感情的価値(気分・共感)のバランスを重視しており、どちらか一方だけでは購買に至らない傾向があります。
たとえば、化粧品であれば「肌に良い成分(機能)」に加え、「パッケージの可愛さ」「使うたびに気分が上がるか」といった情緒的満足がセットで必要です。
また、以下のような要素も購買決定において強く影響します
ブランドの信頼性と透明性
原材料、製造背景、環境配慮などの情報公開があるかどうか
社会性・サステナビリティ
企業としての姿勢(エシカル、フェアトレード、ジェンダー配慮など)
購入後のサポート・体験の継続性
アフターサポートや、購入後の接点の質(メルマガ、SNS運用など)
“刺さる”女性マーケティング3つの設計ポイント
女性に選ばれるブランドをつくるには、単に「女性らしいデザイン」や「柔らかい言葉」を使うだけでは不十分です。
重要なのは、ターゲットとなる女性の価値観・感情・生活文脈に深く寄り添った設計を行うことです。
この章では、実践的な視点から「共感・一貫性・生活文脈」に基づく3つの設計ポイントを解説します。
共感を生むトーン設計
表層的な感情表現ではなく、「文脈」に寄り添った言葉を使うことが大切です。
女性マーケティングにおいては、生活体験に根ざしたトーン設計こそが共感を生み出します。
ただ機能を説明するのではなく、「この商品が私の生活にどう寄り添うか」「どんな気持ちにさせてくれるか」を伝えることが求められます。
たとえば、「高い保湿力を持つクリーム」よりも、「忙しい一日の終わりに、自分だけのご褒美時間をつくる保湿クリーム」といった表現の方が、使用シーンや感情を自然に想起させ、より深い共感を呼びます。
さらに、「効果的」「高品質」といった抽象語よりも、「朝、鏡を見るのが楽しみになる」「友人に『最近キレイになった?』と言われた」など、具体的な変化や感情を描写することで、リアリティを持たせることが可能です。
統一されたブランド体験設計
女性消費者は細部にまで敏感です。だからこそ、ブランド体験の一貫性が信頼構築のカギとなります。
ロゴ・配色・フォントなどのビジュアル要素の統一はもちろん、SNS・Web・店舗・パッケージ・カスタマーサポートなど、すべての接点でブランドパーソナリティがブレていないかを見直す必要があります。
ブランドを“ひとりの人物”として捉えるのも有効です。
たとえば「洗練されているけれど気取らない友人」や「忙しい日常の中で頼れる先輩」といったイメージを設定することで、言葉づかいや対応方針が一貫しやすくなります。
また、認知〜購入〜継続利用までを含めたカスタマージャーニー全体の設計も重要です。
特に女性は、購入後のフォローや対応にまで目を向ける傾向があり、「買った後、どう接してくれるか」まで含めてブランドの評価を行っています。
生活文脈に寄り添う導線設計
商品を単体ではなく、“生活の中でどう使われるか”を軸に設計する視点が必要です。
女性は、自身のライフスタイルや価値観との相性で商品を評価する傾向があります。
そのためには、以下の視点が重要です。
学生、社会人、結婚、出産、育児、キャリアアップなど、ライフステージごとの価値観の違いを理解する
同じ商品であっても「どのライフステージの、どんな課題に応えるのか」を明確にする
たとえば、「なんとなく便利そう」ではなく、「朝の支度時間を10分短縮できる」「子どもの世話をしながら片手で使える」といった、具体的かつ実用的な価値の提示が効果的です。
さらに、「いつ・どこで・どんな気持ちで使うのか」という使用シーンの具体化は、ユーザーが自分の生活に置き換えて想像する助けになります。
成功事例:女性の共感をつかんだ3つのブランド戦略
“なんとなく女性向け”のデザインやコピーでは、今の女性消費者の心は動きません。
「まさに私のこと」と思わせる共感設計には、感情・体験・信頼に一貫して寄り添う戦略が欠かせません。
ここでは、女性の心をつかみ、ブランドロイヤルティを高めている3つの事例をご紹介します。
FANCL(ファンケル)|「無添加 × 不安解消」で共感を獲得
FANCLは、「無添加」という強みを通じて、敏感肌やナチュラル志向の女性たちから高い支持を得ている化粧品ブランドです。
注目すべきは、「肌にやさしい」だけでなく、“成分がわからない”ことへの不安に寄り添う姿勢を徹底している点です。
戦略ポイント
ブランドの一貫性:Webサイト、CM、パッケージまで、すべての接点で「無添加」と「安心」を打ち出し、ブランドの人格を明確に表現。
体験に寄り添う言葉設計:「肌が弱くても、毎日使える安心感」「家族にもすすめられる信頼感」といった、ユーザーの日常感情に寄り添うコピー。
購入後の信頼構築:カスタマーサポートや商品説明も“誠実さ”がにじみ出ており、リピーターの定着につながっている。
LIPS(リップス)|レビュー起点の“共感購買”を実現
LIPSは、Z世代から30代女性に人気のコスメレビューSNSアプリです。
特徴は、「企業発信ではなく、リアルなユーザー体験が信頼につながる」という設計思想です。
戦略ポイント
UGC中心の構造:企業の宣伝よりも、“実際に使ったユーザーの声”を主役に。信頼性が高く、購入ハードルを下げる。
共感の可視化:「この投稿に共感した人」「同じ悩みを持つ人」など、ユーザー自身が“自分に合う”を見つけやすい導線設計。
レビュー設計の工夫:星評価だけでなく、使った感想や「なぜ購入したか」といった背景まで書けるため、共感と納得を同時に生む。
ninaru(ニナル)|「ひとこと」で寄り添う育児アプリ
ninaruは、妊娠〜育児期の女性に向けた情報配信アプリです。
中でも評価されているのが、1日1回届く短いメッセージ通知による“共感体験”です。
戦略ポイント
生活文脈に最適化:育児の合間、ふとスマホを見る瞬間に届く“ひとこと通知”。育児中の行動と感情に自然となじむ導線。
感情を言語化する短文:「今日も頑張ってるね」「あなたも大事な存在です」といった、心に届く一文がユーザーを支える。
共感と信頼のバランス:医師監修による信頼性と、押しつけがましくない語り口のバランスが、長期利用の秘訣に。
よくある失敗と炎上リスク:その女性像は誰のもの?
女性マーケティングで陥りやすいのが、“誰の視点でつくられたかわからない女性像”を前提にした設計です。ステレオタイプや一括りの分類、ジェンダー配慮の欠如は、炎上やブランド毀損につながる重大なリスクとなります。
ステレオタイプに偏った表現
「ピンク=女性向け」「30代女性=家庭重視」「働く女性=時短重視」、こうした旧来の固定観念は、現代の多様な女性には通用しません。
とくに色や言葉の選び方は、意図せず“わかっていない”印象を与えかねません。調査やヒアリングを行わずに従来の「女性らしさ」に頼ると、共感されるどころか反感や炎上を招く危険があります。
実際に炎上した広告の多くは、企画段階に女性視点が不足していたことが原因です。SNS時代では、不適切な表現は一瞬で拡散され、ブランド信頼を大きく損ねるリスクもあります。
女性をひとくくりにしすぎる設計
「20〜40代女性向け」「働く女性向け」など、粗いターゲット設定では、多様な女性の“個”を捉えることはできません。
同じ年代でも価値観は大きく異なり、同じ職業でもライフスタイルは千差万別。たとえば「子育て中の女性」を想定していても、フルタイム勤務の母親と在宅フリーランスの母親では、時間の使い方もニーズも大きく異なります。
そのため、セグメンテーションの精度と検証プロセスの徹底が不可欠です。定量データに加え、インタビューやアンケートを通じて“実像”を丁寧に掘り下げることが求められます。
ジェンダー配慮に欠ける表現
現代のマーケティングにおいて、性役割の押し付けやLGBTQ+への無配慮は即座に批判の対象になります。
「母親は子ども最優先」「女性は家庭を守るもの」といった表現は、もはや時代遅れ。特定の価値観を正解のように語ることは、多様な生き方を選ぶ女性たちにとって、大きな違和感や拒否反応を引き起こします。
また、家族のかたち・パートナーシップの在り方も多様化している現在、マーケティング表現にも柔軟な発想が必要です。